市川誠(読み)イチカワ マコト

20世紀日本人名事典 「市川誠」の解説

市川 誠
イチカワ マコト

昭和期の労働運動家 元・総評議長。



生年
明治45(1912)年3月11日

没年
平成11(1999)年5月21日

出生地
埼玉県所沢市

学歴〔年〕
早稲田中学夜間部〔昭和6年〕卒

経歴
働きながら早稲田中学夜間部で学び、昭和7年専検に合格。兵役を経て、20年復員後、米軍ジョンソン飛行基地で駐留軍労働者となり、労組結成。23年全国進駐軍労働組合同盟(全駐労)書記長を経て、28年から17年間全駐労中央執行委員長を務め、45〜51年総評議長。辞任後顧問となり、“闘う総評”の再生を目指した。行政監理委員会委員、日中友好国民運動連絡会議議長、朝鮮統一のための国際連絡委員会副議長としても活躍。57年発足の全民労協に対しては、その労使協調主義批判、58年3月の労働運動研究センター設立に際し、リーダーの一人を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市川誠」の解説

市川誠 いちかわ-まこと

1912-1999 昭和時代後期の労働運動家。
明治45年3月11日生まれ。昭和20年から米軍基地につとめ,28年全国進駐軍労働組合同盟(全駐労)委員長となる。45年から51年まで総評議長,のち日中友好国民運動連絡会議議長。58年労働運動研究センターの結成に参加し,代表幹事。平成11年5月21日死去。87歳。埼玉県出身。早稲田中学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「市川誠」の解説

市川 誠 (いちかわ まこと)

生年月日:1912年3月11日
昭和時代の労働運動家。総評議長
1999年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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