布施 勝治
フセ カツジ
大正・昭和期の新聞人 産業経済新聞論説委員。
- 生年
- 明治19(1886)年10月16日
- 没年
- 昭和28(1953)年11月27日
- 出身地
- 新潟県
- 学歴〔年〕
- 東京外国語学校露語部〔明治40年〕卒
- 経歴
- 大正5年東京日日新聞(現・毎日新聞)に入り、モスクワ、欧米特派員を務めた。ロシア革命の予言・取材などでロシア通の記者として著名。9年レーニンと会見、第1回会見記は発売禁止、2回目は6月10日に掲載され、昭和45年万国博で展示された。15年取締役、21年公職追放、26年解除後は産業経済新聞社論説委員。著書「労農露国より帰りて」「ソヴェート東方策」「スターリン伝」がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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布施勝治 ふせ-かつじ
1886-1953 大正-昭和時代の新聞記者。
明治19年10月16日生まれ。東京日日新聞社(現毎日新聞社)のペトログラード特派員をつとめ,大正9年レーニンと会見。昭和26年産業経済新聞社論説委員。昭和28年11月27日死去。67歳。新潟県出身。東京外国語学校(現東京外大)卒。著作に「労農露国より帰りて」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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