日本歴史地名大系 「常和寺跡」の解説 常和寺跡じようなじあと 広島県:双三郡吉舎町清綱村常和寺跡[現在地名]吉舎町清綱馬洗(ばせん)川の東方山際、現浄土(じようど)寺の南方にあった真言宗寺院で、修応山円樹院と号した。初め敷地(しきじ)村にあり、旧寺地には常和谷(じようなだに)の小地名が残る。正慶二年(一三三三)円善坊のとき清綱村へ移ったという。南天山(なんてんざん)城主和智氏の祈祷所で、「芸藩通志」に延徳二年(一四九〇)に和智氏の寄進した般若経を蔵すとある。天文一八年(一五四九)には和智広世が「そかひ屋敷」を寄進し、さらに永禄一一年(一五六八)六月一一日付の和智元郷寄進状(「双三郡誌」所収)には「為我等祈念 大峯江円光坊屋敷畠二反田二反致寄進候 弥々御祈念之儀頼存候」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by