常明寺村(読み)じようみようじむら

日本歴史地名大系 「常明寺村」の解説

常明寺村
じようみようじむら

[現在地名]山形市常明寺

反田(そりだ)村・古館(ふるだて)村の西に位置し、白鷹(しらたか)丘陵の東麓に立地。村名は当地所在の常明寺に由来する。領主の変遷は延享四年(一七四七)までは反田村に同じ。宝暦一三年(一七六三)下総佐倉藩領となる。寛永元年(一六二四)の定納之事(佐藤文書)によれば高三九三石余、反別二二町二反余、うち当村耕作地は二一町余、ほかは深沢(ふかざわ)・沼木(ぬまき)・古館の三ヵ村からの入作地であった。同一六年の定納一紙(同文書)では高四〇七石余、村内の反別田一四町八反余・畑五町三反余、ほかに深沢・古館・若木(わかき)・滝平(たきのひら)の四ヵ村への出作地一町二反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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