平山小路(読み)ひらやまこうじ

日本歴史地名大系 「平山小路」の解説

平山小路
ひらやまこうじ

[現在地名]盛岡市中央通ちゆうおうどおり三丁目・長田町ながたちよう

帷子かたびら小路の南の東西三町半ほどの侍町(内史略本「盛岡砂子」など)。東は三戸さんのへ町、西はなが町に接続し、南は新山しんざん小路に接する。同書は元和年中(一六一五―二四)の士屋敷割の時に平山伝右衛門という者が町割を行ったのが町名の由来とするが、寛永城下図に町並はみえない。「内史略」は元禄八年(一六九五)に平山伝右衛門が町割を行ったとしており、元文城下図の東西の通りには「カタヒラ丁ウラ丁」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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