平敷村(読み)ぴしちむら

日本歴史地名大系 「平敷村」の解説

平敷村
ぴしちむら

[現在地名]今帰仁村平敷へしき

南西から北東に流れるジニンサガーラを挟んで崎山しちやま村の南東に位置し、南東は謝名じやな村。当地北東の海はジニンサガーラの河口部にあたり、てー港の一画にあたる。琉球国高究帳に「へしき村」とみえ、高頭一七六石余(うち田四〇石余・畠一三六石余)。「琉球国由来記」によると、祭祀は玉城ノロの管轄。明治六年(一八七三)の地頭平敷親雲上の当村からの作得は八石余(琉球藩雑記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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