平田延胤(読み)ひらた のぶたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平田延胤」の解説

平田延胤 ひらた-のぶたね

1828-1872 幕末-明治時代の国学者
文政11年9月生まれ。平田銕胤(かねたね)の長男出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士。父に国学,神道学を,山国兵部兵学をまなぶ。幕末,藩内の尊王運動の理論的指導者となる。維新後は神祇権大祐(じんぎごんのたいじょう),宣教判官,明治天皇侍講などをつとめた。明治5年1月24日死去。45歳。通称は延太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む