平良庄(読み)へらのしよう

日本歴史地名大系 「平良庄」の解説

平良庄
へらのしよう

佐伯郡沿岸部の中央、厳島の北方対岸にあたる可愛かわい川流域一帯の地をいい、「和名抄」記載の種篦へら郷の地にあたると考えられる。文治二年(一一八六)六月二日付の「芸藩通志」所収厳島文書に「我神領之内、平良里」とみえるが、近年の研究では偽文書ともされている。また永仁二年(一二九四)三月二八日付の関東下知状(厳島文書御判物帖)に「可令早前下野守藤原朝臣  (親宣)法師法名親証領知厳島社領安芸国桑原新庄并志道原平良庄預所職井原村事」とあり、厳島神社領であった。応永一三年(一四〇六)正月一一日付の厳島神主加判親俊奉書(厳島野坂文書)によれば、左舞師給免田が設定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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