平親国(読み)たいらのちかくに

朝日日本歴史人物事典「平親国」の解説

平親国

没年:承元2.1.7(1208.1.25)
生年:永万1(1165)
平安末・鎌倉初期の公卿。親宗の子。初名は範国。伊賀,阿波,加賀守を歴任するが,治承3(1179)年平清盛クーデタで父と共に後白河院近臣として解官。その後弁官,蔵人頭を経て従三位に至るが,散位のまま没する。弟親長も後白河院近臣だったが,兄親国との不和,虚言の罪で左衛門権佐解官,妻との闘諍離別などが『明月記』から知られる。

(奥田環)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus「平親国」の解説

平親国 たいらの-ちかくに

1165-1208 平安後期-鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
永万元年生まれ。平親宗(ちかむね)の子。伊賀守(いがのかみ),阿波守(あわのかみ)をへて加賀守(かがのかみ)となるが,治承(じしょう)3年平清盛による政変で解任された。のち右中弁,蔵人頭(くろうどのとう)などをつとめ建永元年従三位。承元(じょうげん)2年1月7日死去。44歳。初名は範国。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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