幸田誠之(読み)こうだ まさゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「幸田誠之」の解説

幸田誠之 こうだ-まさゆき

1720-1792 江戸時代中期の儒者
享保(きょうほう)5年11月23日生まれ。幕臣闇斎(あんさい)学派の三宅尚斎,稲葉迂斎(うさい)らにまなび,越後(えちご)(新潟県)新発田(しばた)藩主溝口直養(なおやす)と親交をもつ。69歳のとき江戸城内の富士見宝蔵番頭(ばんがしら)となった。寛政4年閏(うるう)2月9日死去。73歳。名はのち精義通称は善太郎。号は子善。名は「のぶゆき」ともよむ。著作に「論語講義」。

幸田誠之 こうだ-のぶゆき

こうだ-まさゆき

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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