広戸神社(読み)ひろどじんじや

日本歴史地名大系 「広戸神社」の解説

広戸神社
ひろどじんじや

[現在地名]勝北町大吉

大吉おおよし集落に鎮座。祭神品陀和気命など、旧村社。例祭一一月三日。「東作誌」では広戸村草屋くさや分にみえる八幡宮で、明治五年(一八七二)現社名に改称。宝亀元年(七七〇)山城石清水いわしみず八幡宮を奥津川おくつがわに勧請し、文治五年(一一八九)宮の奈留、応永五年(一三九八)平野山に移る。天文二年(一五三三)に尼子軍の大将三好氏が矢櫃やひつ城を攻めるとき当八幡宮を焼払い、攻め落せれば新たに建立して松と藤を植えると祈願し、成就後尼子氏が建立したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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