広田中島村(読み)ひろたなかじまむら

日本歴史地名大系 「広田中島村」の解説

広田中島村
ひろたなかじまむら

[現在地名]富山市中島なかじま一―四丁目・下新北町しもしんきたまち

神通川右岸、赤江あかえ川の北岸にあり、東を岩瀬いわせ街道が通る。もと三ッ屋みつや村といったが、神通川東遷で川中島地形になったのが村名の由来という(越中志徴)。江戸初期は中島村として全村が加賀藩領であったが、万治三年(一六六〇)の領地替で赤江川南岸が富山藩領(奥田中島村)となった。村名は中島村と広田中島村の呼称を併用した。正保郷帳では「ひろ田中島村」とみえ、高五八九石余、田方三四町三反余・畑方四町九反余、新田高一六二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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