底倉村(読み)そこくらむら

日本歴史地名大系 「底倉村」の解説

底倉村
そこくらむら

[現在地名]箱根町底倉・宮(みや)ノ下(した)・小涌谷(こわきだに)

箱根七湯(はこねななゆ)道沿いにあり、村中を早(はや)川が流れ、東は大平台(おおひらだい)村、南は芦之湯(あしのゆ)、西は足柄上(あしがらかみ)郡宮城野(みやぎの)村と接する。「夢窓国師御詠草」に「相模国にそこくらといふ温泉に下り」とあり、また「鎌倉大草紙」には「箱根山のおくに底倉といふ所有」とみえ、応永一〇年(一四〇三)藤曲という者が新田義陸を当地で討取った功によって宛行われている。永正八年(一五一一)八月四日・同一〇年七月一七日に北条早雲は「底倉村」に宛て、諸役免許の判物を与えている(県史三)。天文一四年(一五四五)三月八日には「底倉百姓中」に宛て

<資料は省略されています>

という、長綱禁制(県史三)が出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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