庚申堂塚(読み)こうしんどうづか

日本歴史地名大系 「庚申堂塚」の解説

庚申堂塚
こうしんどうづか

[現在地名]鳥栖市神辺町字庚申堂

九千部(くせんぶ)山(八四八メートル)の東南麓、標高約五〇メートルの低丘陵上にある。この東南二五〇メートルに田代太田(たしろおおた)古墳がある。墳丘上に「庚申尊天」と刻まれた尖頭方角柱の石造庚申塔が建立されている。古墳時代後期、六世紀後半の築成であろう。昭和五一年(一九七六)調査を実施(「庚申堂塚調査報告書」昭和五三年・佐賀県立博物館刊)。佐賀県史跡。

全長約六〇メートルの前方後円墳で、主軸の方向は北より二七度西にとり、前方部が北西に位置している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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