庭月城跡(読み)にわづきじようあと

日本歴史地名大系 「庭月城跡」の解説

庭月城跡
にわづきじようあと

[現在地名]鮭川村庭月

鮭川西岸段丘上に位置する平山城。東を同川で画し、西・南には土塁・堀をめぐらせる。天正年中(一五七三―九二)鮭延さけのべ(現真室川町)城主鮭延氏(佐々木)一族が、最上氏一族の清水しみず(現大蔵村)城主清水氏に対抗するために築いたと伝える。「増訂最上郡史」は初代佐々木綱政(式部少輔)は築城後庭月氏を称し、綱任(和泉守)―広綱(理右衛門尉)と三代にわたり在城したとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む