建部清菴(読み)たけべせいあん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「建部清菴」の意味・わかりやすい解説

建部清菴
たけべせいあん
(1712―1782)

江戸中期の医学者。名は由正。字(あざな)は元策、清菴は号。仙台藩医松井寿哲に師事。江戸に出て研鑽(けんさん)、オランダ外科を学んで帰り、一関(いちのせき)藩の侍医となる。オランダ医学にも内科のあるべきことを思い、1770年(明和7)、門人衣関甫軒(きぬどめほけん)(1748―1807)にその研究を託して江戸に送った。杉田玄白とオランダ医学について問答した内容は『和蘭(オランダ)医事問答』と題して、1795年、門人の手により刊行されている。彼の子、伯元は玄白の養嗣子(しし)となる。

[片桐一男]

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