廻り田村(読み)めぐりたむら

日本歴史地名大系 「廻り田村」の解説

廻り田村
めぐりたむら

[現在地名]東村山市廻田町(めぐりたちよう)一―四丁目・多摩湖町(たまこちよう)一―四丁目・富士見町(ふじみちよう)一―五丁目・美住町(みすみちよう)一―二丁目

野口(のぐち)村の西に位置し、西は清水(しみず)村(現東大和市)、南は小川(おがわ)村(現小平市)、北は狭山丘陵を隔て入間郡荒畑(あらはた)村・町屋(まちや)村(現埼玉県所沢市)。回田・回り田などとも記された。小町和正氏蔵の天正二年(一五七四)二月五日銘の棟札に「廻田上下 下宅部」「奉造立薬師堂一基所願成就」と記されており、棟札にみえる薬師堂は当地の東光(とうこう)庵薬師堂(日向薬師堂)と考えられる(東村山市史・武蔵史料銘記集)。

近世初期は廻田日向(めぐりたひなた)村とよばれていた(田園簿)。「日向」という場所には日照りでも涸れることのない山王の御手洗という清水があるといわれ、古くからの集落があった場所とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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