後冷泉天皇陵(読み)ごれいぜいてんのうりよう

日本歴史地名大系 「後冷泉天皇陵」の解説

後冷泉天皇陵
ごれいぜいてんのうりよう

正称は後冷泉天皇円教寺陵えんきようじりよう。天皇は後朱雀天皇第一皇子で母は藤原嬉子(道長女)。「扶桑略記」治暦四年(一〇六八)四月一九日条に「天皇於高陽院中殿崩、御年四十四、五月五日丙子葬船岡西北野、安御骨於円教寺」とあるが、「百錬抄」には「葬船岳西原、置御骨於仁和寺」とあり、この仁和寺にんなじ山が朱山のことと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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