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藤原嬉子 ふじわらの きし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原嬉子 ふじわらの-きし

1007-1025 平安時代中期,敦良(あつなが)親王(後朱雀(ごすざく)天皇)の妃。
寛弘(かんこう)4年1月5日生まれ。藤原道長の娘。母は源倫子。従三位,尚侍となり,治安(じあん)元年(1021)東宮にはいる。親仁(ちかひと)親王(後冷泉(ごれいぜい)天皇)を生んでまもなく,万寿2年8月5日死去。19歳。贈正一位。後冷泉即位により皇太后をおくられた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原嬉子

没年:万寿2.8.5(1025.8.30)
生年:寛弘4.1.5(1007.1.26)
平安中期,敦良親王(後朱雀天皇)の尚侍,後冷泉天皇の母。藤原道長と源倫子の娘。長和4(1015)年,従三位。寛仁2(1018)年尚侍となり,翌3年に着裳。治安1(1021)年,東宮敦良親王に入る。万寿2(1025)年には病を患いつつも,父道長の期待にこたえて親仁親王(後冷泉天皇)を出産し,摂関家の権勢の維持拡大に寄与した。出産後まもなく没したときの道長の悲嘆は大変なものであったという。同年,正一位追贈。寛徳2(1045)年には,後冷泉天皇の即位に伴って皇太后を追贈された。

(西村さとみ)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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