後屋敷新町(読み)ごやしきしんまち

日本歴史地名大系 「後屋敷新町」の解説

後屋敷新町
ごやしきしんまち

[現在地名]山梨市三ヶ所 新町

青梅おうめ往還秩父ちちぷ往還が合流する東に隣接する、後屋敷郷内に開かれた町。慶長五年(一六〇〇)正月日の浅野長政郷中掟書写(「古文書雑集」若尾資料)に後屋敷新町とみえ、浅野長政によって建設が行われ、毎月一・六の日に市が開かれることになった。新町建設は古荒田畠の再開発と同時に金山かなやま道を引入れることによって、町としての繁栄を図る政策がとられた。そのため諸役免許を中心に、再開発に伴う田畠への年貢の段階的控除などが規定され、周辺の百姓招致が図られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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