後山城跡(読み)うしろやまじようあと

日本歴史地名大系 「後山城跡」の解説

後山城跡
うしろやまじようあと

[現在地名]海山町小山浦

後山は小山おやま浦集落の南一帯の山麓をいう。城跡は集落西南端の山麓にあり、巨大な石礎が残る。東西約七三メートル、南北約五五メートル。城の東端水門が残り、城の下まで海が入込んでいた。木本このもと御厨の荘司息長氏は地名を姓としたと考えられ、弘長二年(一二六二)一二月二日の某下文(紀伊野田文書)によれば、後山三郎盛忠が荘司職に補任されている。正応六年(一二九三)の荘司文書(紀伊続風土記)に「うしろやま」の地名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む