後潟村(読み)うしろがたむら

日本歴史地名大系 「後潟村」の解説

後潟村
うしろがたむら

[現在地名]青森市後潟

東は陸奥湾に面し、南は大橋おおはし村、西は中山なかやま山脈金木かなぎ(現北津軽郡金木町)、北は四戸橋しとばし村に接する。

建武二年(一三三五)三月一〇日の北畠顕家国宣(遠野南部文書)によれば「外浜内摩部郷并未給村々泉田湖方中沢真板佐比内中目等村」が「南部又次郎師行同一族等」に宛行われており、このうちの湖方は潮方で、当村にあたるといわれる。なお安東(藤)四郎居城といわれる尻八しりはち館跡は、集落西方四キロにあり、暦応二年(一三三九)一一月一日の曾我貞光申状写(遠野南部文書)に「去六月安藤四郎以下御敵等 尻八楯打入 依令致合戦」とあり、この地方は鎌倉時代以来安東氏の支配下にあったといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む