後藤梨春(読み)ごとうりしゅん

精選版 日本国語大辞典 「後藤梨春」の意味・読み・例文・類語

ごとう‐りしゅん【後藤梨春】

  1. 江戸中期の本草学者。名は光正。号、梧桐庵。江戸の人。田村藍水(らんすい)師事。著に「本草綱目補物品目録」「和産目録」「紅毛談」など。元祿九~明和八年(一六九六‐一七七一

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「後藤梨春」の解説

後藤梨春 ごとう-りしゅん

1696-1771 江戸時代中期の本草家。
元禄(げんろく)9年生まれ。田村藍水(らんすい)にまなび,本草学で稲生若水(いのう-じゃくすい)とならび称された。江戸の医学校躋寿(せいじゅ)館の都講(教師)となり本草を講義。明和2年「紅毛談(オランダばなし)」を刊行するが,発禁となる。明和8年4月8日死去。76歳。江戸出身。本姓多田。名は光生。通称は太仲。号は梧桐庵。著作に「春秋七草」など。

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世界大百科事典(旧版)内の後藤梨春の言及

【エレキテル】より

…オランダ語のelektriciteitがなまってエレキテル,さらに簡略化されて俗にエレキともいわれた。18世紀前半のヨーロッパで摩擦起電機やライデン瓶が発明され,電気ショックで人をおどろかせる見世物や遊び道具として人気を得たが,この知識が日本にもたらされ,後藤梨春(1702‐71)が《紅毛談(オランダばなし)》(1765)にはじめてエレキテルを紹介し,平賀源内は1776年(安永5)にはじめて蓄電器つきの摩擦起電機をつくった。以後,森島中良(1756‐1810),高森観好(1750‐1830),橋本宗吉(1763‐1836)などもつくっている。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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