後辺戸村(読み)しりべとむら

日本歴史地名大系 「後辺戸村」の解説

後辺戸村
しりべとむら

[現在地名]浦河郡浦河町字東栄とうえい

明治一五年(一八八二)から同三五年までの村。明治一五年二月、浦河村の西端部にあたるシリエト地区と開深ひらきぶか村が合併して成立。西は元浦もとうら川を境に荻伏おぎふし村に、北はポロナイをもって姉茶あねちや村に、東は絵笛えぶえ(エブイ川)をもって井寒台いかんたい村に接し、南は海に面していた(「状況報文」など)。同二三年京都府丹後から五戸が入り、次いで岡山県・福井県からの移住があって戸口は増加した(状況報文)。戸口変遷は明治二〇年に二一戸・一六五人、同二五年には三九戸・一三二人(道戸口表)、同三〇年には七三戸・四五八人、うちアイヌは三二戸・一五四人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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