御崎小路(読み)みさきこうじ

日本歴史地名大系 「御崎小路」の解説

御崎小路
みさきこうじ

街路の一つ。「武田家日坏帳」によれば、天正三年(一五七五)長篠の合戦で戦死した「御前小路」居住の山県善右衛門(三枝勘解由)菩提を弔うため、同五年八月二三日に夫人が紀伊高野山に塔婆を建てた。御崎小路を躑躅が崎つつじがさき館西曲輪に建てられた御崎社にちなんだ名称と考え、古府之図(甲府略志)に館の南西に示される三枝勘解由屋敷地との位置関係から、西にし曲輪から梅翁ばいおう曲輪の西縁に沿って南下する街路に比定する説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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