御手洗井(読み)みたらしい

日本歴史地名大系 「御手洗井」の解説

御手洗井
みたらしい

伝承によれば室町末期には祇園(ぎおん)社(現東山区)の御旅所(おたびしよ)がこの地にあったと伝え、その東側には祇園社御旅所社預藤井助正の屋敷地があり、庭前に牛頭天王社を建て、毎朝庭内の井戸から霊水を汲んで供したという。祇園会当日には神輿供奉の人々に御手洗・口すすぎを供するを例とした。永禄一一年(一五六八)織田信長上洛後、御旅所を現在の四条京極の地に移したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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