御祭村(読み)おまつりむら

日本歴史地名大系 「御祭村」の解説

御祭村
おまつりむら

[現在地名]三春町御祭

南成田みなみなりた村の西、熊耳くまがみ村・三春城下の北、平沢ひらさわ村の東、七草木ななくさぎ村・北成田村の南にあたり、八島やしま川の支流御祭川が村内を北から南へ流れ、小浜おばま(現岩代町)への道(小山以北は県道飯野―三春線)が縦貫する。もと小山こやま村と称したが、村内志々作ししさくの獅子頭作りの名工が大元帥明王の長獅子の頭を奉納し、村人が長獅子舞を奉納したので、藩主秋田輝季から御祭の村名を拝領したと伝える(三春町史)。しかし永禄四年(一五六一)六月二三日の熊野山新宮年貢帳(仙道田村荘史)に「おまつり」とみえるので、秋田輝季から下賜というのはまったくの誤伝で、むしろ村内に七社もあり、四月にいっせいに春祭を行うことから名付けられたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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