御馬冷筋(読み)おうまひやしすじ

日本歴史地名大系 「御馬冷筋」の解説

御馬冷筋
おうまひやしすじ

[現在地名]西区城西(じようさい)二―三丁目

新御殿の西端から江(え)川に架かる紙漉(かみすき)橋までを東西に結ぶ道筋で、紅葉矢来(もみじやらい)筋ともいわれる。江戸初期の頃、西御深井(にしおふけ)の御鷹部屋の北側に御馬冷場があり、天然の湧水が池となったところを利用して藩主の馬を洗っていた。その付近には厩や馬場もあったが、中期以降、馬洗場は廃されて名称だけが残り、その後は鷹方御用のお留池となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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