徳大寺村(読み)とくだいじむら

日本歴史地名大系 「徳大寺村」の解説

徳大寺村
とくだいじむら

[現在地名]西京区桂(かつら)〈大縄(おおなわ)町・後水(こうず)町・徳大寺町・畑(はた)ヶ田(だ)町〉・徳大寺清水(しみず)町・右京区西京極(にしきようごく)徳大寺〈団子田(だんごでん)町・西団子田(にしだんごでん)町〉

桂川中流の右岸に位置し、北を上野(かみの)、西は上桂(かみかつら)、南を下桂の各村に接し、東は桂川に面するが、飛地として桂川東岸の西京極の一部(現右京区西京極徳大寺団子田町付近)を含んでいた。

中世の徳大寺郷の地。郷名は尊経閣古文書纂の建保六年(一二一八)三月二九日秦友久田地売券に「在字徳大寺」とあり、明応四年(一四九五)頃作成の桂川用水差図案(東寺百合文書)にも徳大寺郷とみえる。なお、用水相論の文書「西岡諸本所書上」(東寺百合文書)に従えば、徳大寺郷は中世は妙法院領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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