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徳川斉荘 とくがわ なりたか

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美術人名辞典の解説

徳川斉荘

江戸後期の尾張徳川家十二代。家斎の十一子。幼名は要之丞、字は公臨、知止斎・金城山人等と号する。田安斉匡の養子となり、田安家四代を継ぐ、のち実弟の尾張徳川斉温の遺領を相続し、従二位権大納言に叙せられる。茶事を好み、玄々齋に学ぶ。弘化2年(1845)歿、36才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徳川斉荘 とくがわ-なりたか

1810-1845 江戸時代後期の大名。
文化7年6月13日生まれ。将軍徳川家斉(いえなり)の14男。田安斉匡(なりまさ)の養子となり,天保(てんぽう)7年三卿(さんきょう)のひとつ田安家4代。実弟徳川斉温(なりはる)の遺領をつぎ,10年尾張(おわり)名古屋藩主徳川家12代となる。茶の湯裏千家11代千宗室にまなぶ。弘化(こうか)2年7月6日死去。36歳。号は知止斎,金城山人。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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