忍原村(読み)おしはらむら

日本歴史地名大系 「忍原村」の解説

忍原村
おしはらむら

[現在地名]大田市川合町忍原かわいちようおしはら

戸蔵とぐら村の東に位置し、北および東は安濃あの郡川合村、南は邑智おおち別府べつぷ(現邑智町)。村の中央を忍原川が峡谷を刻みつつ北流する。永禄元年(一五五八)七月晦日の毛利元就書状(毛利家文書)に「忍原之事、落居」とみえる。「陰徳太平記」などによれば、同年の毛利氏・尼子氏石見銀山争奪戦の際、尼子晴久安濃郡大田まで兵を進め、七月下旬銀山背後の忍原・別府へ別部隊を派遣、池田いけだ川本かわもと(現川本町)間、池田―銀山間の補給路を遮断する作戦を展開した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む