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石見銀山 いわみぎんざん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石見銀山
いわみぎんざん

江戸時代に生野銀山と並ぶ地位を占めた銀山。現在の島根県大田市に繁栄の面影と当時の景観が残る。 14世紀に発見されたといわれ,天文2 (1533) 年博多の商人神谷寿貞らが銀製錬に成功してから産出額が増加した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

石見銀山

安土桃山時代の16世紀から1923(大正12)年まで約400年間、銀を産出した。2007年7月、「森林を保全しながら環境に配慮して銀を生産」と評価され、「石見銀山遺跡とその文化的景観」が国内14番目の世界遺産に。坑道跡「間歩」や労働者らが暮らした町並み、銀を運んだ街道や積み出し港など計14資産で構成し、総面積約529ヘクタール。島根県によると、欧州の地図は石見を「銀鉱山王国」と記し、その良質な銀を求めて交易をめざす動きを生んだ。日本はアジアポルトガルとの三角貿易で銀を輸出し、生糸や絹織物陶磁器を輸入。ポルトガルは日本の銀で東南アジア香辛料などを仕入れた。最盛期の江戸時代前半には年間約38トンを産出、世界の約3分の1とされる国産銀の大半を占めた。

(2014-07-02 朝日新聞 朝刊 群馬全県 2地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

いわみ‐ぎんざん〔いはみ‐〕【石見銀山】

島根県大田(おおだ)市大森にあった銀山。戦国時代に開発され、江戸時代には幕府の直轄領となる。明治以降は銅も産出。大正12年(1923)に閉山。平成19年(2007)「石見銀山遺跡とその文化的景観」の名で世界遺産文化遺産)に登録された。大森銀山
石見銀山から副産物として出る砒石(ひせき)で作った殺鼠(さっそ)剤。

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百科事典マイペディアの解説

石見銀山【いわみぎんざん】

島根県大田市の銀山。大森銀山とも。14世紀に発見されたという。16世紀以後博多商人らによる灰吹法が導入されてから生産が増大し,大内・尼子・毛利3氏が激しく争奪。
→関連項目石見国院内銀山大久保長安大田[市]神屋宗湛島根[県]温泉津[町]

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

いわみぎんざん【石見銀山】

島根の日本酒。酒名は、地元の世界遺産「石見銀山」にちなみ命名。大吟醸酒純米吟醸酒、純米酒、本醸造酒ラインナップ。大吟醸酒は全国新酒鑑評会で通算6回、金賞を受賞した銘酒。原料米は佐香錦、改良八反流、山田錦など。仕込み水は三瓶川の伏流水。蔵元の「一宮酒造」は明治29年(1896)創業。所在地は大田市大田町大田。

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世界大百科事典 第2版の解説

いわみぎんざん【石見銀山】

戦国時代からの代表的銀山。島根県大田市大森町に所在し,現在は大森鉱山と呼ばれている。16世紀前半期に仙ノ山付近に銀坑を開発。1533年(天文2)博多商人神谷寿禎が吹工を伴ってきて銀の製錬に成功した。産銀増加とともに,大内・尼子・毛利氏の間に銀山争奪戦が反復され,銀山に山吹城があり,南西方の降路坂の南に矢滝城があり銀山の押えに当たった。62年(永禄5)毛利氏が銀山を確保し,やがてこれを室町幕府と朝廷に料所として献じ銀を貢納した。

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大辞林 第三版の解説

いわみぎんざん【石見銀山】

島根県大田おおだ市大森にあった大銀山。一六世紀の初頭に発見され、江戸時代には幕府直轄となり、一七世紀初頭が最盛期。1923年(大正12)休山。大森銀山。
石見銀山から出るヒ石で製造した殺鼠さつそ剤。毒薬にも使われた。 「 -鼠とり薬でも食つたらう/滑稽本・浮世風呂 4

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石見銀山
いわみぎんざん

戦国期から江戸中期にかけての代表的銀山。石見国邇摩(にま)郡大森(島根県大田(おおだ)市大森町)にあり、近世の金銀山開発の先駆をなした。14世紀初めに発見されたと伝えられるが、16世紀前半から本格化し、1533年(天文2)神谷寿禎(かみやじゅてい)が博多(はかた)から吹大工(ふきだいく)(製錬工)を伴い、銀の製錬に成功した。以後、大内(おおうち)、小笠原(おがさわら)、尼子(あまご)、毛利(もうり)氏らの銀山争奪戦が反復されたが、1600年(慶長5)関ヶ原の戦い後は徳川氏が支配し、代官頭(だいかんがしら)大久保石見守長安(いわみのかみながやす)の奉行(ぶぎょう)時代に盛況となり、代官陣屋の設置と銀山町が形成された。16世紀後半には1か年で数百貫以上の産出があり、長安の時代には山師安原因繁(やすはらよりしげ)の本谷の釜屋間歩(かまやまぶ)は、1602、1603年ころには1か年の運上銀3600貫にも達した。しかし寛永(かんえい)年間(1624~1644)以降はしだいに衰退し、享保(きょうほう)期(1716~1736)以降には年間100貫前後となり、1837年(天保8)から1857年(安政4)灰吹銀(はいふきぎん)高は平均42貫余と激減した。江戸期の銀山の管轄は大森代官所で、18世紀以降は銅も産して、銀銅が尾道(おのみち)を経由して大坂へ送られた。明治以降にも稼行し、1887年(明治20)大阪の藤田組の所有となり、一時は銅、金、銀1か月3130貫を産出したが、1923年(大正12)に休山となった。[村上 直]

世界遺産の登録

銀鉱山跡とその鉱山町、銀の積み出し港とそれらをつなぐ街道などが2007年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「石見銀山遺跡とその文化的景観」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]
『山根俊久著『石見銀山に関する研究』(1974・臨川書店) ▽小葉田淳著『日本鉱山史の研究』(1968・岩波書店)』

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世界大百科事典内の石見銀山の言及

【石見国】より

…戦国期の1521年(大永1)以後,石見国はたびたび雲州尼子氏の攻撃を受け,東部はその勢力下におかれたが,56年(弘治2)以後は芸州毛利氏の領国となり,70年(元亀1)毛利氏による石見平定が成った。この間,1526年石見銀山が大内氏によって開発され,以後慶長までの間に9回も領有権者が交替するなど,石見国における激しい戦乱の一源泉となった。毛利氏による石見国検地は90年(天正18)に実施され,ここに石見国中世は終りをつげた。…

【神屋宗湛】より

…神屋家は室町中期より代々博多の主だった豪商で,2代目主計は1539年(天文8)に遣明船の総船頭をつとめるなど,一族とともにたびたび遣明船貿易に従事した。また貿易の関係で従来から神屋家は出雲の鷺銅山の銅を求めていたが,3代目寿貞によって鉛を媒剤とする銀の製錬技術を輸入し,1533年他の博多の吹工の協力を得て石見銀山の経営に成功した(《銀山旧記》)。宗湛の父は神屋家5代目紹策で,戦乱のため一時唐津に移っていたが,朝鮮貿易や上方への商売などによって巨富を得た。…

【鉱山集落】より

…しかし,鉱業の衰退は鉱山町の衰退と結びついていた。石見銀山では,すでに1702年(元禄15)の鉱山町人口が銀山(山小屋)の1621,大森(下町)の686,合計2307を数えるにすぎなくなっていた。【佐々木 潤之介】。…

【ソーマ銀】より

…この銀は灰吹銀,無判錠銀である。ソーマの語源は〈佐摩〉で,石見銀山地方の呼称である佐摩郷から出たものといわれる。この銀はいわば地銀で,江戸幕府は1601年(慶長6)銀座を設立し,地銀を集めて貨幣としての丁銀や豆板銀(含銀率80%)を発行し,輸出銀もこれに切り替えるようにつとめた。…

【博多商人】より

…日明貿易においては,足利義満に明への通交を勧め,みずからも初回の遣明副使となった肥富(こいつみ)は博多商人とされているし,大内氏の勘合貿易を担ったのは,奥堂氏,神屋氏,河上氏,小田氏といった博多商人であった。神屋寿禎は大陸から先進的な銀の精錬技術を輸入し,石見銀山の開発に利用したといわれている。また朝鮮貿易においても,1419年(応永26)の応永の外寇の直後,真相究明のため室町幕府から副使として朝鮮に派遣された平方吉久,日朝・日明貿易に活躍し〈富商石城府代官〉と称された宗金とその一族,博多を本拠として朝鮮と琉球の間で活躍した道安など,多数の博多商人が活躍した。…

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