志々見村(読み)しじみむら

日本歴史地名大系 「志々見村」の解説

志々見村
しじみむら

[現在地名]羽咋市志々見町

垣内田(かくつた)村の東、邑知(おうち)潟の南の低平地に立地。飯山(いのやま)川が西縁を北流する。承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文に「志指見保」とみえ、もと三町七段三であったが、同元年の検注では田一町四段六に減少している。嘉暦四年(一三二九)三月一五日、吉見円忠が妻伴氏女(村井又次郎入道知性女)に志々見保内の田畠一町五段と屋敷一ヵ所を譲渡している(「吉見円忠譲状」永光寺文書)。しかし元徳三年(一三三一)三月、円忠と伴氏女が離別したため、伴氏女が前夫円忠の同地に対する乱妨を幕府に訴え、正慶元年(一三三二)五月二七日、幕府は伴氏女の知行を安堵している(「関東下知状」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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