志和通(読み)しわどおり

日本歴史地名大系 「志和通」の解説

志和通
しわどおり

紫波郡内の八戸藩の飛地をさす。同藩の代官統治区域である五通には含まれず、同藩の史料にはたんに「志和」「志和郡」とみえることが多い。寛文四年(一六六四)の八戸藩成立に伴い飛地となり、同一一年六月に設置された(八戸藩史料)。所属の村は上平沢(かみひらさわ)・稲藤(いなふじ)・土館(つちだて)・片寄(かたよせ)の四村(八戸藩史料)。これは盛岡藩が幕府へ公表していた村名を八戸藩がそのまま引継いだもので、実際は九村(上平沢・稲藤・北片寄・南片寄・糠塚・金田・土館・砂子沢・山王海)に細分されていた(紫波町史)。同五年の領知目録によれば、本高三千一九〇石余、今高五千八六五石余(八戸藩史料)。貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳では、前掲四ヵ村で高二千七六四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む