志太村(読み)しだむら

日本歴史地名大系 「志太村」の解説

志太村
しだむら

[現在地名]藤枝市志太一―五丁目・志太・青木あおき二丁目・瀬古せこ一丁目・同三丁目・駿河台するがだい一―五丁目

瀬戸せと川を隔てて東海道藤枝宿川原かわら町と相対し、南は南新屋みなみあらや村。東海道が通り、一里塚がある。往還の一部は稲川いながわ村と入会になっていた(宿村大概帳)。また瀬古村を中に挟んで東西に分れ、東側は水田地帯、西側は山地が多い。志太郡に属する。中世には志太(志田)郷とよばれた。寛永一九年(一六四二)の田中領郷村高帳に志駄しだ村とみえ、高二七八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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