志谷村(読み)したにむら

日本歴史地名大系 「志谷村」の解説

志谷村
したにむら

[現在地名]八東町志谷

富枝(とみえだ)村の北東、細見(ほそみ)川流域に位置し、北西へ山越えしたところに山志谷(やましだに)村(現郡家町)がある。当村および細見川上流へかけて点在する中(なか)村・稗谷(ひえだに)村・横地(よこじ)村・妻鹿野(めがの)村の五村を細見谷(細海谷)五村という(因幡志)。永正元年(一五〇四)閏三月二三日の山名豊重感状(北川家文書)に、同月一五日「私部志谷口」で合戦があったことが記されている。

藩政期の拝領高は一七二石余。本免五ツ五分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高二一九石余、竈数二五。「因幡志」では家数一九。産土神の妙見社・山神のほか修験大善(だいぜん)院(真言三宝院派)がある。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高二二二石余、竈数二八、ほかに寺(妙光寺)一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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