日本歴史地名大系 「志谷村」の解説
志谷村
したにむら
[現在地名]八東町志谷
藩政期の拝領高は一七二石余。本免五ツ五分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高二一九石余、竈数二五。「因幡志」では家数一九。産土神の妙見社・山神のほか修験
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
藩政期の拝領高は一七二石余。本免五ツ五分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高二一九石余、竈数二五。「因幡志」では家数一九。産土神の妙見社・山神のほか修験
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