日本歴史地名大系 「志谷村」の解説
志谷村
したにむら
[現在地名]八東町志谷
藩政期の拝領高は一七二石余。本免五ツ五分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高二一九石余、竈数二五。「因幡志」では家数一九。産土神の妙見社・山神のほか修験
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
藩政期の拝領高は一七二石余。本免五ツ五分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると高二一九石余、竈数二五。「因幡志」では家数一九。産土神の妙見社・山神のほか修験
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...