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忠快 ちゅうかい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

忠快 ちゅうかい

1159-1227 平安後期-鎌倉時代の僧。
平治(へいじ)元年生まれ。平教盛(のりもり)の子。比叡(ひえい)山で覚快法親王,慈円らにまなぶ。平家滅亡の際,一時伊豆(いず)に流される。のち鎌倉幕府の祈祷僧,比叡山楞厳院(りょうごんいん)の長吏となる。天台密教小川流の祖。嘉禄(かろく)3年3月16日死去。69歳。通称は小川法印,中納言律師。号は真乗房,大教房。著作に「船中抄」「密談抄」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

忠快

没年:安貞1.3.16(1227.4.3)
生年:平治1(1159)
鎌倉前期の天台宗の僧。平教盛の子に生まれ,平氏の生き残りとして『平家物語』の成立に深くかかわる。覚快法親王に入室し,慈円の弟子となって律師に任じられたが,平氏の都落ちに同道し,壇の浦で捕らえられ伊豆に流された。文治5(1189)年に流罪が解けて上洛すると再び慈円に師事し,建久6(1195)年には上洛した源頼朝に伴われて関東に下り鎌倉幕府に仕えた。平家一門の僧として平氏の怨霊を鎮めるために起用されたものである。その後は京と鎌倉を往復しながら,慈円が仏法興隆のために白河に建てた大懺法院の供僧となり,他方で源実朝の信頼を受けて祈祷を行い,その活動は弟子の小川僧正承澄の著『阿娑縛抄』に詳しく,台密小川流の祖となった。晩年は比叡山の横川の長吏となって権勢を振るった。<著作>『密談抄』<参考文献>五味文彦『平家物語 史と説話』

(五味文彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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