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覚快法親王 かくかいほうしんのう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

覚快法親王 かくかいほうしんのう

1134-1181 平安時代後期,鳥羽(とば)天皇の第7皇子。
長承3年生まれ。比叡山(ひえいざん)青蓮院(しょうれんいん)の行玄について出家,門跡をつぐ。仁平(にんびょう)2年灌頂(かんじょう)をうけ,嘉応(かおう)2年親王となった。法性寺座主などをへて治承元年天台座主に任じられたが,山内の学僧,堂衆らの紛争激化で3年辞職。養和元年11月6日死去。48歳。法名は別に行理,円性。

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(C)Kodansha 2015.
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朝日日本歴史人物事典の解説

覚快法親王

没年:養和1.11.16(1181.12.23)
生年:長承3(1134)
平安後期の天台宗僧。鳥羽上皇の第7皇子で,七 宮,無品親王と呼ばれた。母は石清水八幡宮別当光清の娘美濃局。天台座主行玄に従って比叡山に入り,一身阿闍梨となる。法性寺座主,無動寺 検校のほか,成就院,宝荘厳院,法興院,極楽寺の別当を兼ね,嘉応2(1170)年に親王宣下。治承1(1177)年に座主明雲の配流に伴って同職を襲ったが,同3年に辞職した。建礼門院安徳天皇を生んだ際に七仏薬師法を修し,その功として二品の位と牛車の宣旨を望んだが,守覚法親王に反対され,勧賞を弟子の円良 に譲った。行玄の創建した青蓮院の第2世門主としても知られる。

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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