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嘉禄 カロク

デジタル大辞泉の解説

かろく【嘉禄】

鎌倉前期、後堀河天皇の時の年号。1225年4月20日~1227年12月10日。

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大辞林 第三版の解説

かろく【嘉禄】

年号(1225.4.20~1227.12.10)。元仁の後、安貞の前。後堀河天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

かろく【嘉禄】

日本の元号(年号)。鎌倉時代の1225年から1227年まで、後堀河(ごほりかわ)天皇の代の元号。前元号は元仁(げんにん)。次元号は安貞(あんてい)。1225年(元仁2)4月20日改元。疫病の流行を断ち切るために行われた(災異改元)。『博物志(はくぶつし)』を出典とする命名。嘉禄年間の鎌倉幕府の将軍は藤原(九条)頼経(よりつね)(4代)、執権は北条泰時(やすとき)(3代)。1219年(建保7)に第3代将軍源実朝(さねとも)が暗殺されると、鎌倉幕府は皇族の将軍就任を朝廷に求めた。しかし、後鳥羽上皇から拒否されたため、源頼朝(よりとも)の遠縁にあたる頼経の下向を奏請、1226年(嘉禄2)に新将軍に任じられた。

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世界大百科事典内の嘉禄の言及

【元号】より

… 公卿の審議の結果を天皇が勅裁して改元が行われるという上記の手続の形式は後世まで引き続き行われるが,中世以降武家政治の時代になると,武家側の意向が改元の上にも及んでくることは避けられなかった。鎌倉時代に元仁の改元(1224)の後まもなく幕府より異議が出されたため,翌年嘉禄と改元したごときはその一例である。また,室町時代には年号案の選定から改元の施行日にまで幕府が容喙(ようかい)したこともあり,武家側の要請により改元したことも一再にとどまらない。…

※「嘉禄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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