長吏(読み)チョウリ

デジタル大辞泉の解説

ちょう‐り〔チヤウ‐〕【長吏】

中国、官制で、600石以上の俸禄の者。地方では200石から400石くらいの役人。
寺の長として、寺務を統轄した役僧。特に、勧修寺園城寺延暦寺楞厳(りょうごん)院などで用いられ、他の寺でいう座主(ざす)検校(けんぎょう)別当などにあたる。
江戸時代、えたをいった語。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうり【長吏】

古代に中国から伝わった語で,県吏・村町吏の頭立った役の者をさし,《平家物語》にも〈京師(けいし)(都)ノ長吏〉という表現がみえるが,ことに寺院社会において一寺の寺務を統轄する役職名として適用され,長老,座主(ざす),長者,別当などの語と同義であった。一定の集団組織の〈長(おさ)〉にあたる者を〈長吏〉と呼ぶ習慣が中世末~近世初頭にもあったことは《日葡(につぽ)辞書》の〈Chŏri。チャウリ(長吏)〉の項に〈Votona(ヲトナ)。

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大辞林 第三版の解説

ちょうり【長吏】

中国の下級役人で比較的俸給の高いもの。
寺務を統轄する僧。寺により座主ざす・別当・検校などと名称が異なり、園城寺・勧修寺などでは長吏と称す。
江戸時代、えたの長。また、えた一般の称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長吏
ちょうり

元来、中国では、地位の高い役人、県の最上級の役人をいうが、わが国では、延暦寺(えんりゃくじ)、園城寺(おんじょうじ)、勧修寺(かじゅうじ)など天台宗・真言宗の一部有力寺院の長老で、寺務を統轄する僧侶(そうりょ)をさす。また、加賀の白山神社など一部の有力神社でも、その長老を長吏と称している。さらに、江戸時代、一部の地方で穢多(えた)の頭(かしら)を長吏とよんだ。穢多頭弾左衛門(だんざえもん)支配地域の関東や周辺の信州などで用いられ、弾左衛門自身も長吏といわれた。また、転じて広く穢多一般の通称として用いられた所もあった。穢多である長吏は平民身分の下におかれた賤民(せんみん)身分で、過酷な差別を受けた。[成澤榮壽]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ちょう‐り チャウ‥【長吏】

〘名〙
① 中国で、吏(下級役人)の中で六百石以上の比較的俸祿・官位の高い役人。また、地方の吏では二百石から四百石ぐらいの役人。
※書紀(720)推古一六年八月(岩崎本室町時代訓)「使人(つかひ)長吏(チャウリ)(らい)蘇因高等(たち)(まう)てて懐を具(つふさ)にす」 〔漢書‐景帝紀〕
② 専門的な能力・技術をもって朝廷につかえる集団の構成員のうち、特にすぐれたもの。
※文徳実録‐仁寿二年(852)二月壬戌「古来長吏、皆懐恐怖、不敢入其部
③ 仏語。一寺院首席としてその事務を統理、総管する地位。また、その地位にある僧。特に、園城寺・勧修寺・延暦寺の横川楞厳院(よかわりょうごんいん)などで用いた称。他の寺院の座主(ざす)・検校(けんぎょう)・別当などにあたる。〔山槐記‐永暦二年(1161)四月七日〕
④ 中世、畿内、近国で、非人集団を統率する頭の称。特に、江戸時代、大坂で、与力・同心に属して犯罪人の探索や逮捕などの目明しの仕事に当たった非人の頭の称。非人の居住地として、鳶田・千日・天満・天王寺が決められ、それぞれの集団の四人の長を称した。〔大坂濫觴書一件(1674)〕
⑤ 江戸時代、主として関東での穢多(えた)の別称。もと賤民統制の職名であったが、身分の称となった。穢多頭弾左衛門の支配をうける地方在住の穢多を在方(ざいかた)長吏といい、それを支配するものを長吏小頭と呼んだ。〔地方凡例録(1794)〕

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世界大百科事典内の長吏の言及

【円教寺】より

…1174年(承安4)4月には後白河法皇が御幸,7日間参籠した。このとき一和尚行事(いちのわじようぎようじ)を長吏(ちようり)と改称。この間,985年に霜月会十講が,988年に六月会三十講が始まり,性空忌日に三月会五時講が,引声念仏は1074年(承保1)8月に始まり,また1168年(仁安3)に始まった一切経会は後白河法皇の御願で平清盛が1000余巻を施入して始まったという。…

【住職】より

…たとえば,皇室ゆかりの名刹では,平安時代から勅許によって門跡(門主)の称が許され,いわゆる門跡寺院が現れた。また,延暦寺は座主(ざす),園城(おんじよう)寺(三井寺)は長吏,東寺は長者,西大寺は長老,本願寺は法主(または門跡),東大寺,興福寺,法隆寺は別当,日蓮宗諸本山は貫主(かんじゆ)(貫首),近世の檀林などの宗学研鑚の寺では能化(のうけ),化主などと,その寺独自の呼称があった。そして,近代ではこれら大寺院は宗派を超えて管長と称すことも多い。…

【宿】より

…とくに西国(さいごく)(近畿以西の諸国)では,平安末期いらい,漸次,〈非人〉を構成員とする〈非人宿(ひにんじゆく)〉が主として大寺社の差配のもとで編成・固定され,これが特別の賤視の対象となっていくにつれて,中世末~近世初期における被差別部落の形成につながったとみられる。この〈非人宿〉の場合には,その統轄の任には大寺社などから権限をゆだねられた僧体の〈長吏(ちようり)〉〈長吏法師〉が当たった。近世において,被差別部落の一部の名称として〈宿〉〈夙(しゆく)〉の語がひろまり,その地域の住民を〈宿の者〉〈夙の者〉と呼びならわしたのは,当該地域が前代の〈非人宿〉の系譜をひくものと認識されたためと推察される。…

【被差別部落】より

…その内実は種々雑多であって,大寺社に人身的に隷属して〈キヨメ〉(清めの意で,寺社域・道路の汚穢(おわい)を清めたり,葬送行事にかかわる下役を勤めたりする)の雑役に駆使されたり,雑芸で口を糊したりしたものから,物乞いでかろうじて生きた〈乞食〉の集団をなしたものまでをも指しており,これには〈癩者〉(ハンセン病患者)をはじめとする貧窮孤独の病人や身体障害者も含まれ,仏教思想による〈慈善救済〉,具体的には,いわゆる〈施行(せぎよう)〉(施し)の対象となっていたものである。彼ら〈非人〉の多くは,京都(京)の清水坂(きよみずざか)や奈良(南京・南都)の奈良坂など都市の周縁部に位置する交通の要衝や,荘園内に設定された〈散所(さんじよ)〉という地域を根拠地として,〈非人長吏(ちようり)〉や〈散所長者〉による統率・管理のもとで集落生活を営んでいた。さらに鎌倉時代中期には,すでにこの〈キヨメ〉たち(職能の呼称が,それに携わる人の呼称にもなった)は〈えた〉と同一視されており,〈えた〉はまた〈河原のえた〉ともいわれたように〈河原者(かわらもの)〉と一体であったことが知られている。…

※「長吏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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