思勝村(読み)おんがちむら

日本歴史地名大系 「思勝村」の解説

思勝村
おんがちむら

[現在地名]大和村思勝

大和浜(やまとはま)村の南に位置し、集落は思勝湾に臨む。湾口の東に宮古(みやこ)崎、西手に親川(しんご)崎(親子鼻)があり、大和浜村との境を三田(さんだ)川が流れる。屋喜内(やきうち)間切の大和浜方のうち。ウンガチともいう。「大島私考」には大和浜方一二ヵ村のうちとして「思勝村」とみえるが、大和浜村に併合してあると記載されている。明治初年と考えられる大和浜方村明細帳(和家文書)では高頭九〇石余、田九町四反余・畠五反余・山野六町二反余、貢米三七石余、砂糖二万五五一斤、人員二六〇人、現夫四八人・半現夫六人。明治八年(一八七五)大和浜戸長役場が置かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む