中国,南東部の行政区域。その名は福州と建州とを併せたもので唐代から始まり,別名の閩(びん)は古くこの地方にいた民族の名である。面積12万1400km2,人口3410万(2000)。1地区,8地級市,15県級市,46県を管轄し,省都は福州市。全省を通じて90%までが100~200mの山地と丘陵で,平地は狭小な海岸地帯と山間の盆地にすぎない。海岸線は屈曲に富み,島の数は1100余にも上る。耕地が少なく土地がやせ農業が発達しなかったので,人民は古くから活路を海外に求め,広東省とともに東南アジア華僑の二大出身地となっている。
西高東低で,山地は北東から南西に走る。西の江西省との境界に武夷山脈,東にこれと平行して鷲峰,戴雲の両山脈がつらなり,主として花コウ岩,流紋岩のごとき硬質の岩石からなっている。北の浙江省との境界をなす仙霞嶺は省内最高の山地で,標高1500mを超すところもある。閩江,九竜江(漳江),晋江,汀江の4河川が,これらの山から発源する支流を集めて海に注ぐ。水量が豊富で含砂量が少ないのが特徴。なかでも最大の閩江は建渓,富屯渓,沙渓の3源を併せ,流域は全省面積の1/2近くを占める。上流はみな激しい急流で交通に障害はあるが,今日では山間に多くのダムを建設して水量を調節し,灌漑や発電に利用している。気候は北回帰線に近く,北西には高山があって北風をさえぎり,東南からは海洋の影響を受けるので,年平均気温は17~21℃,最低の1月でも7~13℃で,一年中植物が生育する。降雨量は年平均1200~2200mm,北西山地帯では1800mm以上にも達する。毎年5,6月は降雨量が最大で,7~9月には台風が災害を起こし,沿海交通を妨げることがある。
この地方には古くから越族の一派である閩越という原住民がおり,秦の始皇帝は天下を統一するとそこに閩中郡をおいて中国化を図った。しかし,その支配は名目的で,やがて漢初に閩越国(都は東冶(とうや),今日の福州市)として独立したが,武帝のとき滅ぼされ,閩越族は江淮(こうわい)の間に強制移住させられたという。その都あとには前漢では冶県,後漢では東部候(侯)官がおかれ,海上交通の要地として会稽郡に属していた。三国時代になって呉が建安郡(中心は今日の建陽県),続いて晋が晋安郡(中心は今日の福州市)をおいたのは,北方からの漢民族移住が盛んとなり開発が進んだからである。南朝の梁ではさらに南安郡(中心は今日の泉州市)を増設した。隋をへて唐になると建,福,泉,汀,漳の5州がおかれ,全域が福建と連称されて嶺南道から江南東道に管轄換えされたのは唐中期以後のことである。五代になると王潮・王審知の兄弟が福州を根拠地として閩国を建て,国内の安定と開発とにつとめた。閩国の滅亡後は留従効(906-962)が泉・漳2州に拠って独立し,とくに海上貿易を奨励した。宋では全域を福建路とし,五代のとき創設された剣州を南剣州(中心は今日の南平市)と称し,別に興化,邵武の2軍をおいた。したがって,唐以来の5州と併せて8行政区が成立し,八閩といわれるようになったのである。元では初め福建行省をおいたが,まもなく江浙行省に所属させ,宋代の8州軍をみな路と称した。明代では福建布政使司の管轄に属し,元代の8路を8府と改めるとともに,福寧州(中心は今日の霞浦県)を設置した。清代は福建省といい,福寧州を府とし,永春,竜巌の2直隷州をおいたほか,台湾府を本省に所属させたが,清末に至り分離して台湾省となった。
農業は耕地が少ないため,穀物や食用油等は本省だけの需要にも足りない。しかし,水稲は二期作のところが多く,南東部では三期作も行われ,近年の水利改良によって生産が増大した。中南部の甘蔗(サトウキビ)栽培は歴史も古いが,茶園と果樹園とは広大な面積を占めて重要産業となっている。茶でもっとも有名なのは武夷山の岩茶で,製法はウーロン茶と変わらない。本来は山中の岩壁上に生えたもので産額はいたって少なかったが,今日では段々畑の茶園を拡張して増産につとめている。そのほかにも安渓の鉄観音茶,政和の白牡丹茶,建甌の水仙茶などの名品があり,技術の改良,機械化が進んだ。果実は福州のリュウガン,かんきつ類,建陽の蓮の実,漳州のレイシなどが有名。とくに漳州の果物市場は盛大で,その種類も多い。なお森林地帯には乾筍,香菇(シイタケ),銀茸,その他薬材を産する。
本省の海域は河流が豊富な餌料を流しこみ,寒暖流が交わるため南北の魚類が集まって,国内有数の漁場となっている。その種類は500を下らない。林産は杉,松,クス等きわめて豊富で全省の森林面積は約230万ha。広大な森林が閩江,晋江,九竜江,汀江の流域にひろがっている。なかでも閩江流域は全体のほぼ2/3を占める。閩江の流筏(いかだ流し)は古くから有名だが,今日では大部分が鉄道によって運搬される。竹も種類・産額ともに多い。林産資源を原料とする製紙,化学繊維,マッチ,製薬,家具製造などの工場も続々と建設された。鉱業の歴史は古く,鉄,石炭のほかモリブデン,マンガン,ミョウバン,石墨など資源は豊富である。鉄,石炭の産地は南西部の九竜江上流に集中し,ミョウバンは主として北東の沿海地域に産する。近代工業は最近20年来ようやく発達をみた。三明市は閩江支流の沙渓に沿った本省第一の新興鋼鉄基地で,人口17万。鉄鋼コンビナートのほか,合成アンモニア,機械,セメント,化学肥料等の製造工場がある。その北東の南平市は豊富な木材を原料とする製紙業を主とし,紡績,機械製造も行われ,三明市南西の永安は森林・鉱物資源とともに水力に恵まれているため工業都市として発展中で,とくにナイロン工場が有名である。
本省は北・西ともに山脈がつらなり陸上交通が不便なのに比べ,沿海交通は早くから発達し,北からの文化は主として海上から移入された。歴史時代になっても同様で,三国の呉が建安典船校尉をおいて造船基地としたのは,今日の福州市だと考えられている。南朝以後,今日の泉州市は対外海上交通の一中心となり,とくに宋・元時代には最盛期を迎え,アラブの旅行家から世界最大の貿易港とさえいわれた。しかし,近代では晋江の流出する土砂のために海底が浅くなり,大船舶の出入りに適しなくなって,その地位を福州,厦門(アモイ)の両港にゆずった。省内では内河航運も盛んで,閩江上流の南平市は建渓,沙渓,富屯渓の合流点に当たり,ここから下流には100トン以上の汽船を通じ,上流には木造船が往来している。その他,晋江,九竜江,汀江などみな水量は豊かだが,急流,暗礁が多く水運を妨げていた。ところが近年これらの難所は除去され,汽船,木造船の航路は全省で4000km以上にも達する。
陸路は北東では仙霞嶺を越えて浙江省に通ずる楓嶺路,北西では江西省との間に武夷山脈を通過するいくつかの道路が古くから開かれている。自動車路(公路)は海岸地帯には発達せず内地を主としていて,人民共和国以前は全省わずか1800kmにすぎなかった。それが今日では省内の郷村の97%まで自動車が通ずるようになり,全長2万4000余kmに上るといわれる。鉄道は浙贛(せつかん)線(杭州~株洲)の鷹潭(ようたん)から分かれて本省に入り,南西に向かって厦門に達する鷹厦(ようか)線が1956年に完成,鷹厦線の外洋から分かれ南平市をへて閩江に沿い福州市に至る来福線(初めは南福線といった)とともに本省の二大幹線をなしている。その他,鷹厦線の支線である漳竜(漳平~竜岩)・竜坎(竜岩~坎市),海岸地域には漳厦(漳州~厦門),大福(大深~福徳),福馬(福州~馬尾)の地方線がある。
重要な都市は多く海岸地帯の河口に位置し,海港を兼ねている。福州市(人口212万。2000)は閩江の河口に近く,省政府の所在地で全省の政治・経済・交通・文化の中心。省内でもっとも早く開けたところで,福州の名は唐代から始まる。市内に烏石山,于山,屛山が鼎立するので別名を三山ともいう。市域は旧市街と閩江を隔てた南台島とからなり,閩侯県を管轄する。鉄道と水運による物資(おもに茶と木材)の集散地で,近代工業は遅れている。木彫,石刻,象牙細工,陶磁など伝統的な工芸美術品が知られ,とくに漆器,角梳(角のくし),雨傘は福州の三宝といわれて名高い。名勝としては市内の西湖,南郊の鼓山涌泉寺などがある。下流の閩江口にある馬尾は福州の外港で,南京条約で開かれた5港の一つである福州とはここをさすのである。今日では造船所もあり,福州との間に鉄道を通ずる。厦門市は漳州市の南東50余kmにあり,港湾設備がよく中国東南沿岸の重要海港の一つで,人口205万(2000)。鷹厦線の終点。旧市街のほか同安県を管轄する。南亜熱帯に属するので気候は年中温和,最冷月でも平均12度を下らない。明末に鄭成功が占拠して明朝最後の基地としたところ。南京条約で開港された。今日では機械,綿紡織,ゴム,セメント製造等の近代工業も起こっている。
南西に位置する小島の鼓浪嶼(ころんす)は風光秀麗な保養地で,鄭成功の記念館がある。
漳州市は,南朝の梁代から開けたところで,その名は唐代から始まる。竜渓地区の中心都市。古くから対外貿易港として知られたが,近年工業の発展が著しく機械,化学,紡織のほか,大規模な製糖,缶詰,製薬等の工場が建設されている。泉州市は晋江地区の中心都市で,製糖,磁器,製粉,化学肥料等の工業が盛んである。宋・元時代にはアラビア人の来航が多かっただけに,14世紀初期のイスラム建築のある清浄寺,元代マニ教の遺跡である晋江県万山峰の草庵など独特の名勝が多い。建陽県は閩江の上流,崇渓にのぞみ,三国時代にさかのぼる歴史をもつ。建陽地区の中心都市であるが,今日では木材,竹材の集散地にすぎない。
執筆者:日比野 丈夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「フーチエン(福建)省」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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