コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

直川智 すなお かわち

2件 の用語解説(直川智の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

直川智 すなお-かわち

?-? 江戸時代前期の殖産家。
慶長(1596-1615)のころ琉球に渡る途中,海上で台風にあい,明(みん)(中国)福建省に漂着。そこで甘蔗(かんしょ)(サトウキビ)の栽培と製糖法をまなび,郷里の奄美(あまみ)大島大和浜で栽培に成功,製糖業をはじめた。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

直川智

生年:生没年不詳
江戸初期の甘蔗栽培者,奄美大島焼内間切の横目。大和浜の人。名は嘉和智とも。慶長年間(1596~1615)に中国福建省で製糖技術を習得,サトウキビを秘かに持ち帰り,大和浜西浜原で初めて黒糖を作った人物とされる。明治13(1880)年に大阪で綿糖共進会開かれた際,川智が追賞,子孫で出品者の直嘉和誠も表賞され,翌14年川智を祭神とする開饒神社が大和村思勝に建立された。しかし奄美糖業の琉球よりも早い慶長年間創始説は,維新後不振を極めた奄美黒糖生産振興のため唱えられたものと考えられている。実際は,川智は藩命により「黍作植付,砂糖製法の稽古のため」元禄2(1689)年から4年まで本琉球(沖縄)に渡っている。この製糖法は喜界島,徳之島に広がり,藩財政の大黒柱となる黒糖専売制が延享2(1745)年の換糖上納令を画期にスタートする。<参考文献>所崎平「糖業創始 慶長年間説への疑問」(『奄美郷土研究会報』8号)

(原口泉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

直川智の関連キーワード奄美大島名瀬大島流甘蔗タロ芋伯庵奄美の黒兎大島信文英吉芝好徳

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone