恒清村(読み)つねきよむら

日本歴史地名大系 「恒清村」の解説

恒清村
つねきよむら

[現在地名]安岐町富清とみきよ

両子ふたご山より放射する山稜に東西を挟まれた峡谷の村で、南流する両子川の左岸山麓に沿って、集落と水田が細長く展開する。東は山嶺を境に吉広よしひろ(現武蔵町)、北は富永とみなが村、南は糸永いとなが村。小倉藩元和人畜改帳に村名がみえ、高二三六石余、家数三一、うち百姓一二、庭屋・へ屋・牛屋一八、人数一〇六、うち百姓一二・名子六、牛一四・馬二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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