惣賀村(読み)ぞうかむら

日本歴史地名大系 「惣賀村」の解説

惣賀村
ぞうかむら

[現在地名]東広島市高屋たかや造賀ぞうか

造賀川に注ぐ支流沿いの南北に長い河谷を村域とし、谷の南奥には標高五一六メートルの山がそびえるが、その東から杵原きねはら村に道が通じる。豊田郡に属し、西の賀茂郡造賀村との間の丘陵は比高五〇メートル余。中世には賀茂郡造賀村とともに造果ぞうか保を構成していたが、同保は西方・東方に分れており、東方が当村域にあたる。同保は小早川氏の一族小泉氏が厳島神社との長い抗争の末支配権を確立したが、のち平賀氏の治下に入り、天文一二年(一五四三)平賀氏が某元嘉に安堵したなかにみえる萩原(平賀家旧記)は、当村谷奥の字萩原はぎわらに比定できる。

近世には東方のみ賀茂郡から豊田郡に編入され「惣賀」と書いて西方の賀茂郡造賀村と区別した(元和五年「安芸国知行帳」)が、のち「造賀」に改めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む