愛宕山城跡(読み)あたごやまじようあと

日本歴史地名大系 「愛宕山城跡」の解説

愛宕山城跡
あたごやまじようあと

[現在地名]大桑村大字須原

宝暦七年(一七五七)の「吉蘇志略」には「左京大夫義在館、今は定勝寺と為る」とあり、現定勝じようしよう寺の敷地は、木曾義在の館と伝えられ、背後の愛宕山を城山じようやまと称しているが、築城年代は、はっきりしない。西と北が急崖、東の尾根空堀と土塁、南に帯郭が残されており、東の峰も、尾根の定勝寺側を広い幅で三段に切ってある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 山裾 城山

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む