愛甲氏(読み)あいこううじ

改訂新版 世界大百科事典 「愛甲氏」の意味・わかりやすい解説

愛甲氏 (あいこううじ)

相模国愛甲荘を本領とする中世武家。12世紀の初め,武蔵七党横山党の隆兼が愛甲内記平大夫を殺害してこの地に進出し,以後その一族が愛甲を称したといわれる。鎌倉時代には幕府御家人に列せられ,とりわけ愛甲三郎季隆は弓の名人として重用された。季隆は射手として幕府の重要な儀式に参加するとともに,2代将軍源頼家幼少時代の弓の師でもあり,曾我兄弟仇討があったことで知られる1193年(建久4)の富士野巻狩では,頼家に鹿を射止めさせる功をあげた。さらに1205年(元久2)の畠山重忠の乱では,北条義時の軍に属して重忠を射止め愛甲の名を高めたが,そのわずか8年後の1213年(建保1)におこった和田合戦で,他の横山党の諸氏とともに和田方にくみして敗れ,季隆以下討死し本領も収公されて一族は没落する。なお現在神奈川県厚木市内に愛甲季隆の墓と伝える2基の石塔がある。
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