慈悲山廃寺(読み)じひさんはいじ

日本歴史地名大系 「慈悲山廃寺」の解説

慈悲山廃寺
じひさんはいじ

[現在地名]鈴鹿市加佐登

「吾妻鏡」文治三年(一一八七)四月二九日の条に「遍法寺領広元 慈悲山領同上」とあって、慈悲山の寺領は鎌倉幕府の重臣大江広元が地頭職を勤めていた。寺領がどれだけのものであったか知りえないが、この寺は正法しようぼう寺または正福しようふく寺と称し、その所在地は高宮たかみや(現加佐登町)ながら、位置については、加佐登かさど神社のある椎山しいやま説とこの南方的場まとば説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む