慶昌寺(読み)けいしようじ

日本歴史地名大系 「慶昌寺」の解説

慶昌寺
けいしようじ

[現在地名]和賀町煤孫

和賀川南岸の田園地域に所在する。法幢山と号し曹洞宗本尊釈迦如来。「邦内郷村志」に江刺郡三照みてり(現江刺市)の曹洞宗正源しようげん寺末とみえる。寺伝によれば、建武年間(一三三四―三八)鎌倉建長寺の泰嶺が隠居し和賀氏を二子ふたご(現北上市)に訪ねたが、世俗をきらって煤孫すすまごに庵を結び、法幢ほうどう庵と号した。永禄一二年(一五六九)正源寺五世壁翁道換が法幢庵を復興し、法幢山慶昌寺と号したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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