慶能舞村(読み)けのまいむら

日本歴史地名大系 「慶能舞村」の解説

慶能舞村
けのまいむら

[現在地名]沙流(さる)郡門別町字清畠(きよはた)・字賀張(かばり)

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治四二年(一九〇九)までの村。沙流郡の南部に位置し、西は波恵(はえ)村に連なり、東は賀張村に接する。南西は太平洋に面し、北は山林地帯(「状況報文」など)。近世の史料にケノマイとみえる地などを含む。「日高国地誌提要」に慶能舞村とある。明治二年近江彦根藩は沙流郡東部を支配地とし、同三年から同四年五月までに当地や波恵・賀張などに一四一人を入地させた。当村には三棟の共同居小屋が建てられ平民三〇人が居住、共同居小屋は付近の伐木と草葺の粗末なものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む